労務DDにおいて、近年特に注目されているのが「ハラスメント対策」です。2020年6月のパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行により、企業にはハラスメント防止のための措置が義務付けられました。しかし、多くの企業で対策が不十分であり、M&A時の労務DDでも重要な指摘事項となっています。
ハラスメント対策が求められる背景
ハラスメントは、被害者の心身の健康や職場環境に深刻な影響を与えるだけでなく、企業にとっても以下のようなリスクをもたらします。
1. 法的リスク
損害賠償責任、行政指導、是正勧告など
2. 人材リスク
離職率の上昇、採用難、生産性の低下
3. 風評リスク
企業イメージの低下、顧客・取引先からの信頼喪失
M&A時の障壁
労務DDでの重大な指摘事項となり、取引条件悪化や中止の原因になることも
2022年4月からは中小企業(従業員数100人以下)にもパワハラ防止措置が義務化され、企業規模を問わずハラスメント対策の重要性が高まっています。
労務DDにおける主な指摘事項
当法人が実施する労務DDでは、ハラスメント対策に関して以下のような問題が頻繁に見受けられます。
1. 社内規程の不備
ハラスメントの定義、禁止行為、相談窓口、調査・対応手順などを定めた規程がない、または内容が不十分(セクハラ・マタハラのみで、パワハラやその他のハラスメントに対応していないなど)というケースが多く見られます。
2. 相談窓口の機能不全
形式的には相談窓口を設置しているものの、実際には機能していない(担当者が兼務で対応できない、専門知識がない、窓口の存在が周知されていないなど)ケースが見られます。
3. 実効性のある研修の未実施
ハラスメントに関する研修が行われていない、または形式的な実施にとどまり、特に管理職向けの実践的な研修が不足しているケースが多くあります。
4. 事案発生時の対応体制の不備
ハラスメント事案が発生した際の調査手順、被害者保護措置、加害者への対応基準などが明確になっておらず、場当たり的な対応になっているケースが見られます。
5. 記録の不備
過去のハラスメント事案について、相談内容や調査結果、対応措置などの記録が適切に保管されていないケースがあります。これは労務DDにおいて重要なリスク要因と判断されます。
効果的なハラスメント対策のポイント
実効性のあるハラスメント対策を構築するためのポイントは以下の通りです。
1. 包括的な社内規程の整備
パワハラ、セクハラ、マタハラ、SOGIハラ(性的指向・性自認に関するハラスメント)、カスタマーハラスメントなど、様々なハラスメントを包括的にカバーする規程を整備します。特に、「何がハラスメントに該当するか」の具体例を示すことが重要です。
2. 実効性のある相談窓口の設置
内部窓口だけでなく、外部の専門家(弁護士など)による外部窓口の併設が効果的です。また、窓口担当者への専門研修も重要です。相談者のプライバシー保護と不利益取扱禁止を明確にすることで、相談しやすい環境を整えます。
3. 階層別・目的別研修の実施
一般社員向け、管理職向け、相談窓口担当者向けなど、対象者に応じた研修内容を設計します。特に管理職には、「グレーゾーン事例」を用いた討議形式の研修が効果的です。
4. 事案対応フローの確立
相談受付→事実確認調査→判断・措置→フォローアップという一連の流れを明確化し、担当者や判断基準を事前に定めておきます。被害者保護と加害者対応の基準も明確にしておくことが重要です。
5. 定期的なリスクアセスメント
職場環境調査やストレスチェック結果などを活用し、ハラスメントリスクの高い部署や状況を定期的に把握・対策します。
実際の改善事例
IT企業では「若手社員へのOJTの一環」と称して行われていた厳しい指導が実質的なパワハラに該当するとの指摘を受け、OJTマニュアルの見直しと管理職向けコミュニケーション研修の実施によって改善。若手社員の定着率向上につながりました。
M&A時にハラスメント対策が重視される理由
M&Aにおいては、ハラスメント対策の状況が重要な審査項目となっています。その理由は以下の通りです。
1. 潜在的な法的リスクの存在
過去のハラスメント事案や対策不備による将来的な訴訟リスクを評価する必要があります。
2. 企業文化の評価
ハラスメント対策の状況は、企業文化や人材マネジメントの質を測る重要な指標となります。
3. PMI(買収後統合)の難易度予測
ハラスメントに対する考え方やポリシーの違いは、買収後の組織統合における障壁となる可能性があります。
まとめ
ハラスメント対策は、単に法令遵守の問題ではなく、人材の確保・定着や生産性向上、企業価値の維持・向上に直結する経営課題です。特にM&A時の労務DDでは重点的にチェックされる項目であり、形式的な対応ではなく実効性のある対策が求められます。