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労務DD関係

「フレックスタイム制」の労使協定未締結 〜柔軟な働き方が、法令違反に?〜

近年、働き方の多様化にともない、「フレックスタイム制」を導入する企業が増えています。特にスタートアップや成長企業では、「社員に自由な時間管理を任せている」「コアタイムなしで働いてもらっている」など、柔軟な制度をPRするケースも少なくありません。

しかし、その制度、本当に“フレックス”として成立していますか?

 

■ フレックスタイム制には「労使協定」が必須

フレックスタイム制を導入するには、必ず労使協定の締結が必要です(労働基準法第32条の3)。この協定では、以下のような項目を定める必要があります。

 

・清算期間の長さ(例:1か月以内)

・清算期間における総労働時間

・標準となる1日の労働時間 など

 

この労使協定がない場合、たとえ現場で「フレックスタイムっぽい」運用がなされていても、労基法上は成立しておらず、違法な労働時間管理となってしまいます。

 

■ 労務DDでも「協定未締結」や労使協定の不備は頻出パターン

労務デューデリジェンスの現場では、「フレックスにしています」と話す企業の多くで、実際に協定を確認してみると…

・協定自体が存在しない

・協定に必要な項目が欠落している

といったケースが頻繁に見受けられます。

 

制度として導入したつもりが、単なる「裁量的な勤務時間の許容」にとどまり、法的には何の裏付けもない状態となっているケースがあります。

 

■ 柔軟な働き方には「土台となる制度設計」が必須

働きやすさを実現するための制度こそ、法的な手続きを踏んだ設計と運用がセットで求められます。

 

フレックスタイム制の導入をお考えの企業、あるいは既に導入済みの企業も、次の点を今一度ご確認ください。

 

〇フレックスタイム制の労使協定を締結しているか

〇協定には必要な項目が記載されているか

 

■ 最後に:制度と実態の整合性が重要

「フレックスタイム制」と名乗ること自体は簡単ですが、制度の裏付けがなければ、残業代トラブルや労働基準監督署からの是正勧告につながるリスクがあります。

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労務DDの最初のチェックポイント その③ 「労働時間制度」の設計と実態、ずれていませんか?

「フレックスにしています」「裁量労働なので…」

企業のご担当者様からよく耳にする言葉ですが、本当に制度として成立しているか?

そして「運用が適正か?」は、別の話です。

 

労務デューデリジェンス(労務DD)では、表面的な制度名や規程の記載だけでなく、“実態”として適法に運用されているかを確認します。

特に「労働時間制度」は、残業代の支払い要否に直結するため、リスクの起点になりやすい領域です。

 

次のようなケースは、実際の労務DDでよく見られます:

 

・「フレックスタイム制」と言いながら、フレックスタイム制の協定がない..

 

・「裁量労働制」を導入していると言うが、対象業務や導入手続きが不明確

 

・「固定残業制」で運用しているが、固定残業金額が明確でない。固定残業を超えた場合に差額残業代が支給されていない。

 

・就業規則には「9:00〜18:00」とあるのに、現場では朝8時前から会議が開始されている

 

いずれも、制度と実態のズレが残業代の未払いリスクにつながる典型例です。

 

「労働時間制度」=企業の働き方の“土台”

労働時間制度とは、単なるルールではなく、その会社の働き方を支える“土台です。

 

制度の導入に際しては、以下のポイントが求められます:

 

・就業規則や労使協定に、制度の要件が正しく明記されているか

 

・導入手続き(労基署届出など)適正に行われているか

 

・制度に基づいた実際の運用・管理がされているか

 

・制度ごとに必要な帳票などが整備されているか

 

特にスタートアップや急成長企業では、「制度は整っているつもりだったが、運用実態が追いついていなかった」というケースも多く、注意が必要です。

 

あらためて、“制度と実態”の整合性を見直してみてください。

見た目には柔軟な制度でも、労働時間制度の土台が崩れていると、すべての計算が成り立たなくなります。

制度名だけが一人歩きしていないか。運用が労働基準法の要件を満たしているか。

 

今一度、就業規則、労使協定、勤怠実績を突き合わせて、制度と実態の整合性をご確認されることをお勧めします。

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労務DDの最初のチェックポイント その② 残業単価のもう一つの落とし穴

 

分子=「割増単価の基礎となる賃金」の注意点

前回の記事では、残業単価を算出する際の“分母”である1ヶ月の平均所定労働時間数について取り上げました。今回は、“分子”にあたる基礎賃金――つまり、どの手当を残業単価の計算に含めるべきかという点について解説いたします。

 

「基本給だけでいい」は要注意

残業単価の算出では、割増賃金の基礎となる賃金を分子として使用しますが、「基本給だけを使えばよい」と誤解されているケースが少なくありません。

 

しかし、労働基準法上は、通常の労働時間または労働日の賃金を基礎とするとされており、**職務手当、営業手当、皆勤手当など“通常支払われる手当”**も、原則として含める必要があります。

 

【よくあるNG例】

例)月給30万円の社員に対し、以下の手当を支給している

基本給:24万円

職務手当:3万円

営業手当:2万円

皆勤手当:1万円

 

→ 残業単価の算出に「基本給24万円」のみを使用していた場合、

本来は 30万円(=全体) を基礎とすべきところを 24万円のみ として計算していることになり、実際の残業単価よりかなり低くなり、未払いが発生している可能性があります。

 

たとえば、残業単価に1,000円の差があったとして、月30時間の残業があれば、月に3万円、年間で36万円の未払いとなるケースもあります。

 

「除外できる手当」は一部のみ

なお、労基法上、割増賃金の基礎から除外できる手当もあります(※労基法施行規則第21条)。代表的なものは以下のとおりです:

 

家族手当

通勤手当(実費支給)

 

住宅手当(一定条件)

臨時に支払われる賃金(例:慶弔見舞金)

1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)

 

ただし、名称が「家族手当」「住宅手当」であっても、実態が固定支給なら除外できないこともあるなど、判断には注意が必要です。

 

制度上はきちんと整えていても、「誰がどの手当をもらっているのか」「その手当は残業単価に含めて良いのか」といった実務面のチェックが甘いと、思わぬ未払いが生じます。

 

就業規則や賃金規程を再確認するとともに、給与明細の構成と実際の残業単価算出方法が一致しているか、今一度見直されることをおすすめします。

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労務DDの最初のチェックポイント その① 「年間休日数」の確認がなぜ重要か?

皆さまの会社の「年間休日数」、きちんと確認できていますか?

 

「就業規則には125日と書かれているけれど、実際の会社カレンダーは115日だった」

こうしたズレは、毎月の給与計算や残業代の計算に大きな影響を及ぼします。

 

私たちが労務デューデリジェンス(以下、労務DD)を実施する際、最初に確認するのがこの「年間休日数」です。一見地味な数字ですが、非常に重要な意味を持っています。

 

年間休日数のズレが残業代の未払いにつながる

残業代の単価を算出する際には、年間休日数をもとに「1ヶ月平均所定労働時間数」を計算します。

その労働時間数を分母にして、基本給や諸手当などの金額を割って「1時間あたりの残業単価」を算出するため、ここに誤差があるとすべての残業代計算が狂うことになります。

 

例えば──

 

就業規則上は年間休日125日(所定労働時間:月平均160時間)だが、実際は年間休日115日だった場合、本来の月平均労働時間は約163時間。

・年間休日125日の場合、(365日-125日)×8時間÷12カ月=160時間

・年間休日120日の場合、(365日-120日)×8時間÷12カ月=163時間

 

この場合、同じ30万円の基本給でも

→ 160時間で割れば:1,875円/時

→ 163時間で割れば:約1,840円/時

わずか数十円の差のように見えても、毎月30時間の残業がある社員の場合、年間で1万円以上の未払いが発生する可能性があります。

 

「定額残業代」「みなし残業制度」でも同様のリスク

特にスタートアップ企業などでよく見られる定額残業代やみなし残業制度では、「○時間分を固定で支払う」といった設計がなされていますが、この固定時間の前提となる所定労働時間がずれていると、本来支払うべき金額に満たないケースが発生します。

 

「定額で払っているつもりでも、実は不足していた」

このような事態は、労使トラブルや労基署の調査で明るみに出ると、遡っての支払い対応や制度の見直しを余儀なくされることも少なくありません。

 

今一度、制度と実態のズレをご確認ください

制度設計や給与体系に自信があっても、こうした基礎数値のズレが、思わぬリスクを招くことがあります。

就業規則・年間カレンダー・賃金規程の内容が一致しているか、今一度、確認されることを強くお勧めします。

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ハラスメント対策の重要性 – 未整備が招く重大リスク

労務DDにおいて、近年特に注目されているのが「ハラスメント対策」です。2020年6月のパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行により、企業にはハラスメント防止のための措置が義務付けられました。しかし、多くの企業で対策が不十分であり、M&A時の労務DDでも重要な指摘事項となっています。

ハラスメント対策が求められる背景

ハラスメントは、被害者の心身の健康や職場環境に深刻な影響を与えるだけでなく、企業にとっても以下のようなリスクをもたらします。

1. 法的リスク
損害賠償責任、行政指導、是正勧告など

2. 人材リスク
離職率の上昇、採用難、生産性の低下

3. 風評リスク
企業イメージの低下、顧客・取引先からの信頼喪失

M&A時の障壁
労務DDでの重大な指摘事項となり、取引条件悪化や中止の原因になることも

2022年4月からは中小企業(従業員数100人以下)にもパワハラ防止措置が義務化され、企業規模を問わずハラスメント対策の重要性が高まっています。

労務DDにおける主な指摘事項

当法人が実施する労務DDでは、ハラスメント対策に関して以下のような問題が頻繁に見受けられます。

1. 社内規程の不備
ハラスメントの定義、禁止行為、相談窓口、調査・対応手順などを定めた規程がない、または内容が不十分(セクハラ・マタハラのみで、パワハラやその他のハラスメントに対応していないなど)というケースが多く見られます。

2. 相談窓口の機能不全
形式的には相談窓口を設置しているものの、実際には機能していない(担当者が兼務で対応できない、専門知識がない、窓口の存在が周知されていないなど)ケースが見られます。

3. 実効性のある研修の未実施
ハラスメントに関する研修が行われていない、または形式的な実施にとどまり、特に管理職向けの実践的な研修が不足しているケースが多くあります。

4. 事案発生時の対応体制の不備
ハラスメント事案が発生した際の調査手順、被害者保護措置、加害者への対応基準などが明確になっておらず、場当たり的な対応になっているケースが見られます。

5. 記録の不備
過去のハラスメント事案について、相談内容や調査結果、対応措置などの記録が適切に保管されていないケースがあります。これは労務DDにおいて重要なリスク要因と判断されます。

効果的なハラスメント対策のポイント

実効性のあるハラスメント対策を構築するためのポイントは以下の通りです。

1. 包括的な社内規程の整備
パワハラ、セクハラ、マタハラ、SOGIハラ(性的指向・性自認に関するハラスメント)、カスタマーハラスメントなど、様々なハラスメントを包括的にカバーする規程を整備します。特に、「何がハラスメントに該当するか」の具体例を示すことが重要です。

2. 実効性のある相談窓口の設置
内部窓口だけでなく、外部の専門家(弁護士など)による外部窓口の併設が効果的です。また、窓口担当者への専門研修も重要です。相談者のプライバシー保護と不利益取扱禁止を明確にすることで、相談しやすい環境を整えます。

3. 階層別・目的別研修の実施
一般社員向け、管理職向け、相談窓口担当者向けなど、対象者に応じた研修内容を設計します。特に管理職には、「グレーゾーン事例」を用いた討議形式の研修が効果的です。

4. 事案対応フローの確立
相談受付→事実確認調査→判断・措置→フォローアップという一連の流れを明確化し、担当者や判断基準を事前に定めておきます。被害者保護と加害者対応の基準も明確にしておくことが重要です。

5. 定期的なリスクアセスメント
職場環境調査やストレスチェック結果などを活用し、ハラスメントリスクの高い部署や状況を定期的に把握・対策します。

実際の改善事例

IT企業では「若手社員へのOJTの一環」と称して行われていた厳しい指導が実質的なパワハラに該当するとの指摘を受け、OJTマニュアルの見直しと管理職向けコミュニケーション研修の実施によって改善。若手社員の定着率向上につながりました。

M&A時にハラスメント対策が重視される理由

M&Aにおいては、ハラスメント対策の状況が重要な審査項目となっています。その理由は以下の通りです。

1. 潜在的な法的リスクの存在
過去のハラスメント事案や対策不備による将来的な訴訟リスクを評価する必要があります。

2. 企業文化の評価
ハラスメント対策の状況は、企業文化や人材マネジメントの質を測る重要な指標となります。

3. PMI(買収後統合)の難易度予測
ハラスメントに対する考え方やポリシーの違いは、買収後の組織統合における障壁となる可能性があります。

まとめ

ハラスメント対策は、単に法令遵守の問題ではなく、人材の確保・定着や生産性向上、企業価値の維持・向上に直結する経営課題です。特にM&A時の労務DDでは重点的にチェックされる項目であり、形式的な対応ではなく実効性のある対策が求められます。

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労働時間の適正な把握 – PCログとの乖離に要注意

労務DDにおいて、近年特に重要性が増している項目が「労働時間の適正な把握」です。特に働き方改革関連法の施行や裁判例の蓄積により、企業に求められる労働時間管理の水準は年々高まっています。今回は、労働時間の把握における問題点と対策、特にPCログなどの客観的記録との乖離確認の重要性について解説します。

労働時間の適正な把握が求められる背景

2019年4月に施行された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(厚生労働省)では、使用者に対して労働時間を適正に把握するために必要な措置を講ずることを求めています。このガイドラインは法的拘束力こそないものの、労働基準監督署の監督指導や裁判の判断基準として参照されるため、実質的な遵守が必要となっています。

また、長時間労働による健康障害(過労死・過労自殺など)の防止や、未払い残業代の発生防止といった観点からも、労働時間の正確な把握は企業のリスク管理上必須となっています。

労務DDにおける主な指摘事項

当法人が実施する労務DDでは、労働時間管理に関して以下のような問題が頻繁に見受けられます。

1. 自己申告制の不適切な運用
自己申告制を採用している企業で、実態と乖離した申告(過少申告)が常態化している、または会社側が残業時間の上限を設定し実際の労働時間と関係なく申告させているなどの問題があります。

2. 客観的記録との乖離
タイムカードやICカードの打刻時間と、PCログ(ログイン・ログアウト記録)、入退館記録などの客観的記録との間に乖離があるにもかかわらず、その確認・是正を行っていないケースが多くあります。

3. 管理対象となる「労働時間」の範囲の誤解
「会社が指示した時間だけが労働時間」「残業申請した時間だけが労働時間」といった誤った認識により、実際には労働時間に該当する時間(準備作業や後片付け、自己研鑽と称した実質的業務など)を労働時間として扱っていないケースがあります。IPO準備中の企業でも乖離時間を自己研鑽、自己学習として申告しているケースが多いように感じますので適正な労働時間把握が求められます。

4. 管理体制の不備
労働時間の記録はあるものの、それを誰がどのようにチェックし、問題がある場合にどう対応するかという管理体制が不明確または形骸化しているケースが見られます。

PCログとの乖離確認の重要性

特に近年の労務DDや労働基準監督署の調査、また労働紛争においては、PCログなどの客観的記録と申告労働時間との乖離が重要な争点となっています。

1. PCログが「労働時間」の証拠として認められる傾向
多くの裁判例において、PCのログイン・ログアウト記録は労働時間の有力な証拠として認められています。「PCを使用しなくても業務は可能」との反論は、情報化が進んだ現代のオフィスワークにおいては説得力を失いつつあります。

2. 「乖離放置」のリスク
PCログと申告労働時間との乖離を会社が認識しながら放置していた場合、黙示の残業承認と判断され、未払い残業代の支払い義務が生じる可能性が高まります。

3. 乖離の原因分析と是正の必要性
労務DDにおいては、単に乖離の有無だけでなく、乖離が生じる原因(業務の特性、労働者の意識、管理者の指導不足など)を分析し、是正策を講じているかどうかも重要なチェックポイントとなっています。

適正な労働時間把握のためのポイント

労働時間を適正に把握するためのポイントは以下の通りです。

1. 客観的な記録方法の採用
タイムカード、ICカード、生体認証、PCログなど、客観的な方法で労働時間を記録する仕組みを導入することができないか検討します。自己申告制を採用する場合も、これらの客観的記録との乖離チェックを行うことが必要です。

2. 定期的な乖離チェックの実施
月次や四半期ごとに、PCログなどの客観的記録と申告労働時間との間に乖離がないかチェックします。特に深夜や休日の記録、恒常的に乖離が生じている社員のパターンには注意が必要です。

3. 乖離時の対応フローの確立
乖離が発見された場合の対応手順(事実確認、原因分析、必要に応じた労働時間の修正、再発防止策の実施など)を明確化します。

4. 労働時間管理に関する教育
管理職・一般社員双方に対して、「労働時間」の定義、適切な申告の重要性、不適切な労働時間管理のリスクなどについて定期的に教育を行います。

5. 業務実態に合わせた管理方法の選択
テレワークやフレックスタイム制など多様な働き方に対応した労働時間管理の方法を検討します。特にテレワークではPCログや業務システムのアクセスログなどの活用が有効です。

実際の改善事例

IT企業では「自己研鑽」と称して深夜や休日にPCにログインし業務を行う社員が複数発見されました。会社として明確に「自己研鑽の名目での業務禁止」を通達し、PCの使用制限を設けるとともに、適切な業務配分と納期設定を行うことで改善しています。

まとめ

労働時間の適正な把握は、法令遵守の観点だけでなく、従業員の健康管理や生産性向上の観点からも重要な経営課題です。特にPCログなど客観的記録との乖離確認は、未払い残業代のリスク回避のために必須となっています。今や労働時間の長さが労災等にも直結する時代となっています。労務管理の根っこである労働時間管理についてはどこの企業も徹底して意識する必要があります。

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労務DD関係

36協定の遵守状況チェック – 形骸化の実態とリスク対策

労務DDにおいて、最も重要視される項目の一つが「36協定の締結と遵守状況」です。特に近年は働き方改革関連法による時間外労働の上限規制が厳格化されたことで、36協定の遵守状況は労務リスクの中でも最優先の確認事項となっています。

36協定とは

36協定とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合や法定休日に労働させる場合に、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者と使用者との間で締結する協定のことです。

この協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出ることで、協定の範囲内で法定時間外労働・法定休日労働をさせることが可能となります。

労務DDにおける主な指摘事項

当法人が実施する労務DDでは、36協定に関する以下のような問題が非常に多く見受けられます。

1. 協定内容と実態の乖離
最も多いのは、36協定で定めた時間外労働の上限時間を超過しているケースです。「特別条項付き36協定を締結していても、その上限(年720時間等)を超えている」「月45時間、年360時間の原則的上限のみの協定なのに、実際には恒常的に超過している」といった事例が散見されます。

2. 特別条項の運用不備
特別条項の発動要件や手続きが明確になっていない、あるいは形骸化しているケースが多く見られます。特別条項を発動する際は「臨時的な特別の事情」が必要であり、その都度「従業員代表へ通告する」、「所属長及び従業員に通告する」などが求められますが、実際には「毎月発動している」「発動の記録がない」といった実態があります。

3. 対象業務や時間外労働の考え方の誤解
「残業代を支払っていれば36協定は関係ない」といった誤った認識により、36協定を締結していないケースすらあります。

4. 届出の不備
協定は締結しているものの労働基準監督署への届出を行っていない、または協定期間が切れているにもかかわらず更新していないといった基本的な不備も少なくありません。36協定は、届出が効力発生要件になりますので要注意です。

36協定遵守における具体的なリスク

36協定の不備や違反は、以下のようなリスクをもたらします。

1. 法的リスク
労働基準法違反として、是正勧告や罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となります。

2.レピュテーションリスク
労働基準監督署の是正勧告や労働紛争は、企業イメージの低下につながります。特にM&A時には取引条件の悪化や中止の理由となることも珍しくありません。

3. 人材リスク
過重労働による健康障害や離職の増加は、人材の流出や採用難につながります。

36協定遵守のためのポイント

36協定を適切に管理するためのポイントは以下の通りです。

1. 実態に合った協定内容の設計
業務の繁閑や特性を踏まえ、実態に即した協定内容を設計します。ただし、法定の上限(年720時間、複数月平均80時間、月100時間未満等)は遵守する必要があります。

2. 労働時間の把握と管理体制の構築
客観的な方法による労働時間の把握(タイムカードやICカード、PCログ等)と、協定時間に近づいた際のアラート機能など、管理体制を整備します。

3. 特別条項の適切な運用
特別条項の発動要件を明確にし、発動の際は都度協議・記録を残すなど、適切な運用手続きを確立します。

4. 定期的なモニタリングと改善
月次や四半期ごとに36協定の遵守状況をチェックし、問題がある場合は迅速に改善策を講じます。

実際の改善事例

ある製造業では、労務DDによって特定部署で恒常的に36協定の上限を超過していることが判明しました。原因分析の結果、特定の熟練者に業務が集中していたことが判明。多能工化の推進と業務の平準化により、6か月後には全社で36協定の範囲内に収めることに成功しました。

また、ITサービス業では、客先常駐社員の労働時間管理が不十分で、36協定違反が常態化していました。客先との契約条件の見直し、リモートワークの活用、社内の業務効率化により、時間外労働の大幅削減を実現しました。

まとめ

36協定は単なる「紙の上の手続き」ではなく、労働者の健康と企業の法令遵守を両立させるための重要な仕組みです。労務DDでは特に重点的にチェックされる項目であり、形式的な締結だけでなく実効性のある運用が求められます。上場審査の際にも証券会社が最も重要視するポイントになっています。労働法に関するコンプライアンス意識が欠如していると理由から上場延期になるケースも珍しくはありません。

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従業員代表の選出方法 – 適切な手続きで無効リスクを回避

労務DDにおいて、「36協定」「フレックスタイム制に関する労使協定」「就業規則の意見聴取」など、様々な場面で登場する「従業員代表」の選出方法について、多くの企業で指摘事項となっています。

従業員代表とは

労働基準法では、労使協定の締結や就業規則の作成・変更の際に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(従業員代表)と使用者との間で締結することが義務付けられています。

この従業員代表は、単なる「会社側が指名した人物」や「役職上の上位者」ではなく、適切な手続きで選出されなければなりません。

労務DDでの主な指摘事項

当法人が実施する労務DDにおいて、従業員代表に関して最も多い指摘事項は以下の点です。

1. 選出手続きの不備またはエビデンスの不足
「総務部長が自動的に従業員代表になっている」「特に選挙は行わず慣例で決めている」という企業が少なくありません。また、選出手続きを行ったとしても、その証拠となる書類(選出公示文書、投票用紙、集計結果など)が保管されていないケースも多く見られます。

2. 管理監督者を従業員代表に選出
管理監督者(労働基準法第41条第2号に該当する者)は従業員代表になることができません。しかし、「部長だから」という理由だけで選出されるケースが少なくありません。

3. 選出の範囲が不適切
事業場ごとに選出すべきところ、全社で一人だけ選出している、あるいは協定の対象範囲と選出母体が一致していないケースがあります。

適切な従業員代表の選出方法

リスクを回避するための適切な従業員代表の選出方法は以下の通りです。

1. 選出前の告知
何のために(〇〇労使協定を締結するため、就業規則を改定するためなど)従業員代表を選出するのかを明確にして、全従業員に対して事前に告知します。この際、立候補や推薦の方法、選出方法についても明示します。

2. 適格性の確認
労働基準法に規定する管理監督者ではないことを確認します。

3. 民主的な手続きによる選出
挙手、投票など、民主的な方法で選出します。

4. 記録の保管
選出過程を記録した書類(選出公示文書、投票用紙、集計結果、選出証明書など)を保管します。労働基準監督署の調査の際に提示を求められることがあります。

5. 任期の設定と再選出
任期を設定し(最長でも1年)、任期満了時や退職時には再選出の手続きを行います。従業員代表選出規程などを作成しておくことをお勧めします。

実際の指摘事例

ある企業では、長年にわたり総務部長が自動的に従業員代表となり36協定を締結していましたが、労務DDの結果、この選出方法が不適切であると指摘されました。改善後、適切な手続きで選出された従業員代表との間で36協定を再締結しましたが、過去の協定の有効性については懸念が残りました。

また別の企業では、部門ごとに従業員代表を選出していましたが、36協定は事業場単位で締結すべきところ、各部門の代表者が個別に締結していたため、協定自体の有効性が問題となりました。

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IPO前に必須の労務デューデリジェンスとは?

IPO(株式上場)は企業にとって大きな節目であり、社会的信用や資金調達力を高める大きなチャンスです。一方で、上場に向けては厳格な審査や監査をクリアする必要があり、その中でも近年ますます重要性が高まっているのが「労務デューデリジェンス(労務DD)」です。

労務DDが求められる理由

労務DDとは、企業の労務管理が労働基準法をはじめとした法令に適合しているかを確認するプロセスです。特にIPO前には、以下のような項目が重点的にチェックされます:

  • 未払い残業の有無
  • 雇用契約や就業規則の整備状況
  • 労働時間管理体制の適正さ
  • 定額残業代制度の適法性
  • 管理監督者の適正な運用
  • 労使協定(36協定など)の締結と実効性
  • ハラスメント対応体制の整備状況

これらの項目に不備があると、上場審査の過程で指摘を受け、スケジュールの遅延や企業評価への影響が生じるリスクがあります。

労務DDの進め方

当法人では、次のようなステップで労務DDを実施しています:

1. 現状分析 – 労務管理の実態を把握

2. リスク評価 – 法令違反や未払いリスクの抽出

3. 文書確認 – 雇用契約、規程、訴訟記録などのチェック

4. インタビュー – 管理層や従業員からのヒアリング

5. 改善提案 – リスクに応じた是正提案の提示

6. フォローアップ – 改善状況の継続的な確認

これらを通じて、IPO審査に耐えうる「労務コンプライアンス体制」を整備するお手伝いをいたします。

ご希望に応じて、以下のような追加オプションもご提供可能です:

  • 勤怠管理システムの導入・見直し
  • 管理監督者区分の見直し支援
  • ハラスメント防止体制の構築支援
  • 弁護士との連携によるリスクマネジメント強化

上場準備を万全に進めるためにも、早い段階での労務DDの実施をおすすめいたします。
まずはお気軽にご相談ください。

◇業務内容>IPO労務(労務監査・労務DD)>

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管理監督者性の判断 その①管理監督者の割合は何%以内?

労務DD(労務監査)において、労働基準法第41条第2号に規定される管理監督者については特に慎重に調査することとしています。

「当社には管理監督者が存在します。」という会社について、何ひとつ指摘しなかった件数は、ゼロです。必ず何かしらの懸念点があるものです。

弊社が最初に確認することは、「従業員総数に占める管理監督者の割合」です。

労働基準法に規定される管理監督者には時間外労働、休日労働の概念が無いため、時間外労働に対する残業代や法定休日労働に対する手当を支払う必要がありません。つまり会社にとっては管理監督者として扱うことで人件費の支出を抑えられる、と考えることができます。

実態としてその多くは会社側の拡大解釈によるもので、労務DDに入ってみると従業員総数の50%超を占めているようなケースもあります。

割合について明確に何%であれば良いのか法律上明確な基準はありませんが、概ね10%以内におさまっているようであれば、少なくとも従業員総数に占める割合は意識しているということが想像できるため、その会社の労務管理への向き合い方に対する心証は大分違ったものになります。

◆給与計算ミスあれこれ その②リモートワーク手当がある残業代計算には要注意>

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